これまでこのブログでは、クラシカルな老舗の蕎麦屋や、蕎麦前をゆっくり楽しめる新しい一軒を、たびたびご紹介してきました。
けれども、東京の蕎麦屋というのは、実はもっと懐が深い。
今日は、少し毛色の違う一軒を、ご紹介したいと思います。
その名も「角萬(かどまん)」。
蕎麦好きのあいだでは、"蕎麦界の二郎"と呼ばれているお店です。
「二郎」というのはもちろん、あのラーメンの二郎のこと。
太い麺に、大盛りの具、パンチのあるつゆ。それを黙々と手繰って、颯爽と店を出ていく。
蕎麦屋なのに、そんな食べ方が似合ってしまう、実に独特な一軒です。
角萬さんは、暖簾分けでいくつか店舗を構えられていますが、今回訪ねたのは浅草店。
浅草といっても、浅草寺の門前あたりではありません。そこからさらに北に上がった、いわゆる「奥浅草」と呼ばれるエリアです。
駅からは少し歩きますが、そのぶん観光客の熱気からは離れていて、地元の空気が濃くなる。
昔ながらの下町の匂いが、そこかしこに残る一帯です。
外観は、これぞ町の蕎麦屋、という佇まい。
大きな看板と、年季の入った暖簾。派手さはなく、けれども確かな存在感があります。
暖簾をくぐると、店内はほぼテーブル席。相席も、ごくごく当たり前。この日も、入るのに十五分ほど並びました。
ここは、蕎麦前でゆっくり、というお店ではありません。
「早く来て、早く食べて、早く出る」
そのリズムに乗って初めて、この店の良さが分かってくるように思います。
注文したのは、この日、この店に来た目的でもある「冷やし肉南蛮」。
通称、"冷にく"。
夏の暑い盛りには、これを目当てに足を運ぶ常連さんも多いと聞きます。
私自身、暑さで少しくたびれていた日でしたから、迷わずこれを頼みました。
運ばれてきた一杯を目にして、思わず息を呑みました。
丼いっぱいに広がる蕎麦とその上に、ドンと乗った豚肉。さらに、少しクタッとなった長ネギ。
正直、一見すると蕎麦のなのか?、と思ってしまいます。
しかも、麺がまた太い。
ずっしりと存在感のある、ほとんどうどんに近い太さの蕎麦です。
これが、"蕎麦界の二郎"と呼ばれるゆえん。
ひと口手繰ってみると、これがまた面白い。
蕎麦らしい繊細な香りが前に立つタイプではありません。それでも、しっかり噛んでいると、蕎麦本来の風味がじわりと顔を出してくる。
なにより、太い麺をわしわしと噛みしめる感覚が、なんとも心地よい。
上品な蕎麦の対極にあるようでいて、これはこれで、確かに蕎麦なのです。
つゆは、パンチのある濃いめのタイプ。
豚肉から染み出した油と、濃いめのつゆが絡み合って、独特のコクが生まれています。
ちなみに「冷やし」とありますが、この日はほぼ常温に近い温度でした。
途中で揚げ玉を少し加えると、これがまたよく合う。
油と衣のコクが重なって、ぐっと味に厚みが出てきます。個人的には、これはぜひ試してみていただきたい食べ方です。
夏バテ気味だった体に、この一杯は、思いのほかしっかり効きました。
濃いめのつゆと、太い麺と、豚肉と長ネギ。
飾り気のない一杯ですが、暑さでへたった胃袋を、力強く押し上げてくれるような感覚があります。
そして、締めの蕎麦湯。
ここの蕎麦湯もまた、独特です。
上品な湯桶で出てくるようなものではなく、大きなヤカンにドンと入って、テーブルに置かれる。
「あとはご自由に」という潔さ。
湯呑みに注いで、残ったつゆに割り入れて、豪快に飲み干す。
これがまた、角萬らしくて良いのです。
ちなみに、こちらのお蕎麦は、しっかりと手打ちの自家製。
麺が細くなくてはならない、というのが蕎麦屋の一般的な姿ではあります。
けれども、この太い麺もまた、間違いなく蕎麦屋の技の産物です。
新しく、進化した東京の蕎麦。
その懐の深さを、こういう一軒でこそ、感じられるように思います。
浅草に観光でいらした時、天丼や和菓子など、名物と呼ばれるものはいろいろあります。
蕎麦であれば、並木藪蕎麦さんのような老舗をゆっくり訪ねるのも、もちろん素敵な選択です。
けれども、そこからほんの少し足を伸ばして、奥浅草の角萬さんで、この剛速球のような冷にくを手繰ってみる。
そんな一日があっても、いいのではないでしょうか。
蕎麦の世界は、思っている以上に広い。
そのことを、あらためて教えてくれる一軒です。
【2023年8月訪問】
「浅草角萬」
東京都台東区浅草4-45-4
03-6802-3929
【営業時間】
月・火・木・金・土
11:00 - 14:00
水
17:00 - 19:00
【定休日】
日
【食べログ】
https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131102/13229960/